2022年


ーーーー1/4−−−− 正月の木工作業


 
この正月は、次女の婿殿と木工作業をすると言う、これまでにない展開となった。

 昨年の暮れが近づいた頃、来る正月は木工作業である品物を作りたいという婿殿の希望が伝えられた。物はキャンプ用のランタンを収納・運搬するための箱。そのランタンは、灯油を加圧して着火し、凄く明るい光を発するという代物。ガラス部品がメインなので、箱に入れて運ばなければならないが、購入した時に入っていた段ボール箱は、キャンプ場で朝露に濡れてグシャグシャになってしまい、使えなくなった。専用の収納箱は市販されているが、どうせならDIYで作ってみたいとのこと。

 そのランタンを、私は一度見た事があるが、細かく寸法を計ったことなど無い。図面を用意してくれなければ箱は製作はできませんよと伝えたら、収納箱を自作した例がネットに出ていて、図面も載っているからそれを参考にすれば良いとの返事が娘からあった。同じ型番のランタンだから、問題無いはずだと。

 ネットでその図面を見たら、不鮮明で細かい数字が判読しづらかったが、なんとか読み込んで、私なりの図面を描いた。材はホームセンターで売っている桐の集成材を使う事にした。ネットの自作例がそのような材を使っていたので真似をしたわけだが、桐なら軽いので具合が良いと想像した。ただし、私はこれまで、桐を使って木工品を作ったことは無い。加工や接着は問題無かろうが、材が軟らかいので、木ネジの効きが要注意だと思われた。

 大晦日の午前中にホームセンターへ行き、材木と金具を購入した。午後、木取りから始めたが、3時にひとまず終わりとした。年越し蕎麦を打たねばならなかったからである。

 元日は朝から酒を飲んだから作業は無し。箱作りは二日の朝から再開した。彼らは三日に帰るので、この日一日で完成させねばならない。いささか強行軍だが、勝算はあった。私のいつもの精密・丁寧な家具作りとは違った、大まか路線で対応すれば、なんとかなると思われた。

 私が全部作業をすれば、事は簡単スムーズだが、それでは木工体験をしたいという婿殿の希望に沿えない。危険な作業や、コツを要する作業は私がやり、それ以外はなるべく婿殿にやってもらうようにした。

 ただの箱とも言うべき物だが、形が出来上がって行くのは楽しいらしく、婿殿はしばしばそのような感想を口にした。それを聞いて私も、初心に立ち返ったような気がして、嬉しくなった。

 夕方4時過ぎに完成した。だいたい予想通りのペースであった。工房から母屋へ運んで家族に披露したら、「良い物が出来たね」と評判は上々だった。

 私が手助けをしたとはいえ、思い描いた物を自分で作ることができたことは、婿殿にとって貴重な経験になったと思う。酒とテレビで過ごす正月とは一味違った、有意義で楽しい日であった。

 

 

  









ーーー1/11−−− ロシア民謡


 
昨年末に、レコード再生システムを改良したので、この正月はよくレコードを聴いた。次女夫婦と過ごした晩に、懐かしいダークダックスのアルバムを取り出してかけた。ロシア民謡が流れたので「ああ、懐かしいね」と言ったら、ご両人の反応は鈍かった。まさかと思いながら「ロシア民謡って、知らない?」と聞いたら、全く馴染みが無いという。これには少々驚いた。

 トロイカ、カチューシャ、ともしび等々、私が若かった頃は、ロシア民謡はみんなで歌う歌曲の定番だった。仲間内の酒宴でも歌ったし、キャンプ場や歌声酒場などでも歌った。歌わずとも、レコードで聴くことは日常的だった。愛唱歌として、国産の曲よりも出番が多かったように感じるくらいであった。そんなロシア民謡を、聞いたことも歌ったことも無く、「えっ、それ何ですか?」と返すのが今の若者たちなのである。こういうのをジェネレーションギャップと言うのであろう。

 ところで、ロシア民謡と聞くと思い出すエピソードがある。

 私の母は満州育ちで、終戦も満州の大連で迎えた。当時、侵攻してきたソ連兵が徒党を組んで街中を闊歩し、それに遭遇すると日本人はビクビクしていたそうである。いろいろトラブルもあったようで、ソ連兵に対する日本人市民の印象は良いものでは無かったらしい。母が親戚の叔母さんたちと話をする際に、「ロ助」という言葉が交わされるのをしばしば耳にしたことがある。日本人は憎しみを込めてロシア人を「ロ助」と呼んだのである。

 「それでも」、と母は言った。「ロシアの兵隊はとても歌が上手だったのよ」。読み書きも出来ないような、田舎出身のロシア兵が、3人も集まれば歌い出す。場所やメンバーが変わっても、それがいつも見事なコーラスだったと、母は語った。






ーーー1/18−−− 石油ファンヒーター


 
我が家の食堂兼居間は、およそ20畳の広さで、薪ストーブが据えられている。昨シーズンまでは、その薪ストーブがこの部屋の唯一の暖房装置であった。

 寝る前にこの部屋を去る時、ストーブ一杯に薪をくべる。しかし燃えるに任せておけば、朝までに燃え尽きてしまい、ストーブは冷たくなってしまう。そこで、薪をくべたら空気孔を絞って通風を最小限に制限する。すると薪はタバコの火のように炎を出さずにブスブスと燃える。その状態で一晩中燃え続ける。翌朝、空気孔を開けてやれば、熾きのように黒くなった薪が再び炎を上げ始める。そこに新たな薪を投入すれば、本来の燃焼状態に移っていく。

 夜の間、火力が弱いとはいえ、火を絶やさないわけだから、ある程度の暖房効果はある。暖房が一切無ければ、室内の温度が翌朝2度くらいまで下がる夜がある。そんな時でも、薪ストーブは部屋の温度を10度くらいに保ってくれる。朝起きてきて、薪ストーブがほんわりと暖かいのを確認すると、嬉しくなる。いったん冷えたストーブは、点火をして調子が出るまで時間がかかり、その間寒さを我慢しなければならないからだ。

 このような薪ストーブの使い方は、北欧などの寒冷地では一般的なようである。秋の終わりにストーブに火を入れたら、春になるまで火を絶やさないということもあるらしい。まさに炎と共に過ごす日々なのである。

 冒頭に昨シーズンまではと書いたが、今シーズンは状況が変わった。石油ファンヒーターを併用するようになったのである。

 これまで、別の部屋ではポット型の石油ストーブを使って来た。それが老朽化し、運転に不安が生じるようになった。壊れるまで使ったら、事故が起きそうで怖くなり、灯油を抜いて使用を止めることにした。代わりに、家の中にあったいくつかの旧式な開放型石油ストーブを使おうかと思ったが、いずれもパワー不足で暖房効果が不満足。もっと性能が高いものをネットで探してみたら、石油ファンヒーターに行き着いた。

 実は私もカミさんも、石油ファンヒーターの存在を知らなかったのである。FFヒーター(強制給排気式)は知っていた。我が家にも、普段は使うことが少ない部屋に設置されているからである。その暖房効果の高さや、運転操作性の良さも認識していた。しかしストーブから温かい風が出てくるタイプのヒーターは、FFしか無いと勘違いをしていたのである。室内を移動して使える石油ファンヒーターが有るとは知らなかった。最近になって開発されたのかと思ったら、1970年代には出回っていたことが分かり、二度びっくり。このことを人に話したら、「ええっ、知らなかったんですか?」と大袈裟に驚かれた。

 部屋の広さに見合った性能のファンヒーターを購入した。たいへん具合が良かった。気を良くして、寝室用にも購入した。それまで存在すら知らなかった石油ファンヒーターが、突如2台、我が家で稼働することになった。

 さて、話は薪ストーブに戻る。真冬になると、薪ストーブだけではいささか勝手が悪い。安定した燃焼状態に至るまで、時間がかかり、寒いのである。昨シーズン、都会からの来客を迎えたが、寒そうにしていて気の毒だった。私たちは慣れているから我慢できるが、来客には堪えたようである。普段より早めに薪をくべるなどの工夫もしたが、薪ストーブは小回りが利かないので、行き届かなかった。そこで今シーズンは、二台目のファンヒーターを薪ストーブの部屋に持ってきて、併用してみたのである。

 これがまことに正解だった。併用すると、朝一番の部屋の暖まり方に歴然とした差が出た。熱源が追加されたことだけでなく、ヒーターから出てくる排気によって室内の空気が循環するのも、暖房効果を上げているように感じる。ひとしきり焚いて、薪ストーブが本調子になり、室内の温度が安定してきたら、ファンヒーターをオフにする。そうすると、静かで快適な室内となる。

 日中でも、うっかりして薪ストーブの火が落ちかかることがある。薪を投入するが、すぐには火勢が強くならない。そういう時も、ファンヒーターをオンにする。すると、短時間で部屋の温度が回復する。また、薪によっては燃え難いものもあり、そういうのに当たると薪ストーブの燃焼が鈍くなる。そういう時も、ファンヒーターの助けを借りる。ファンヒーターは、実に心強いピンチヒッターなのである。

 このような改善が功を奏し、この冬はこれまでになく寒さのストレスを感じずに過ごせている。




ーーー1/25−−− 体温計のピー音


 
作秋、有る場所で、同年代の男性二人と昼食を共にした。この年齢だと、まず出る会話は病気や健康のことである。

 私に水を向けられたので、たまに眩暈がすると言ったら、一人が自分もそうだと言って、最近の事例を話した。さらに、耳鳴りがすると私が言うと、その人はもっと激しい耳鳴りにいつも苛まれていると返した。外見は健康そうでも、いろいろ体の不調を抱えているものだと、同年代の悲哀を感じた。

 私は、耳鳴りのついでに、最近耳が遠くなったようだと話した。その一例として、体温計の計測完了を知らせるピーという音が聞こえないのだ言った。するとお二方は声を揃えたように、自分もそうだと言い、さらに、この年齢になると聞こえないのは当たり前だと言い切った。病院へ行くと、体温計が鳴っているのに気付かず、ボーっと座っている初老の男性に看護師が声を掛けるシーンは、日常茶飯事であると。

 私も、昨夏コロナワクチンを受けた際に、検温させられたのだが、30秒くらいしてから「もう良いですか?」と聞いたら、「まだ鳴っていませんからもう少し続けて下さい」と言われた。そして暫くすると、「鳴ってますね、出して良いですよ」と告げられた。私が「体温計の音が聞こえづらくてね」と言うと、看護師は「そう言われる方が多いんですよ」と返した。

 先日、カミさんがスマホで聴力測定なるサイトを見付け、やらされた。60代どころか、「誰でも聞こえる」とされた音すら聞こえなかった。カミさんは「ええーっ、こんなにうるさく鳴っている音が聞こえないのー?」と驚いたような声を上げた。その声は、はっきりと耳に響いた。